Doctor Blog

コラム

夏が来れば思い出す その三(山)

『今回のバス停見逃し一騒動事件…、それはやはり「神々のお怒りを買ってしまったせいなのか?」…
心の隅に残るこの自責の念は、クネクネと曲がり続ける津軽岩木スカイライン、69を数えるつづら折りの23番目の曲がり角辺りにて、罰当たりながらことごとく霧散してしまったのです。
それにしても森の木々が、あたかもシャトルバスを避けていくように道が開けていきます。(小生、運転手さんの左斜め後方最前列に陣取っております)
オイオイ、やはりこれ…、「ネコバス」か? 』

さて、8合目からの景色です。
南西から北方へと目をやりますと、日本海はもちろん、はるか彼方には北海道も見えます。
「今回の巡礼旅は、神々に守られている」と、久しぶりに上々純な気分の小生…、外科医らしく反省の欠片までもが見事に消失してしまったのです。皆さまには是非々々、早々にご容赦下さいませ。
でもこれほどの光景を見れば、誰もの心は「独り歩きならずの独りスキップ」してしまうと思うのです。そうそれはまさしく、エンドルフィンの「気の流れ」…。
もちろんそれは単なる「懲りない妄想」であるということ、自分自身でもよく分かっております。でも、涼やかな風に撫でられて、あの下界のバス停で感じた頬の熱感は、多少胡散臭くではございますが、ほぼ完治したのでありました。甘心甘心のサティスファクション…。

しかしながら、その刹那でありました。まさしく瞬時のことでしたが、そんな小生の心の中を…、
「さてさて、9合目までのリフトは今日は運休だし、山頂はまた今度にするか」という、「そこに山があるから登る」と常々宣言してきた登山家、いや心臓外科医にあるまじき思惑(切望)がよぎったのでありました。
もちろんそれは決して…、決して、昨夜の御神酒の多少の影響ではございません。
「こいだばマイね、めぐせじゃめぐせじゃ」、…と重々反省々々しつつ、意を決して雄々と、登山口に向かったのでありました。

それでも「めぐせくも」、後ろ髪を引かれまくりながらじっくりと山頂を眺めますと、以前として幼稚園児描写の青空ではございましたが、「これはいかにも」というガスが、山頂を約15分おきに湧き舐めていきます。そしてここ8合目にも時たま冷たい突風が…。

さて、そうこうしている内のお約束の出来事でした。
8合目の駐車場、小生の隣で登山準備をする妙齢のご夫婦、「今日は少し、上の方荒れるかもね」、という聞き捨てならない、でも聞き逃してはならない発言が…、
その刹那的甘言を耳にした某小児心臓外科医は、モクモクと湧き上がろうとする前述の霧散したはずの「自責の念」をひたすらに隠しながら、そして、「ラッキーじゃん」という安堵感をもひたすら丁寧に隠しながら、直ちに下山を決意したのでありました。

読者の皆さま、これは決して言い訳ではございません。以前に申しましたように、小生ほど「観天望気」を大事にする登山家、いや心臓外科医はいないのであります(当ブログ「お手紙とビジネス本」参照)。あくまでも外科医の資質として最も大事な、速やかなる「直感&勇気」ある決断なのでございます。
恐らく、おそらくではございますけれども、そして、改めて申すことではありませんが、
ここ縄文の里で古代より大事にされてきた格言、「捨てる神あれば拾う神あり」は、まさしくここに御わす「夫婦神」のこと…、
この聖地では、「君子危うきに近寄らず」、「郷に入れば郷に従え」、「津軽の御神酒には気をつけろ」などとともに、大事に守り伝えなければならないものと、軽くビビットしたのであります。
かいつまみますと、たった今登ってきたスカイラインを、これまた折り返しのバスという文明の利器で下るという選択を速やかに決断しただけのことでした。(ただ一つだけ本当の言い訳をさせて頂きますと、このスカイライン、徒歩での利用は禁じられているのであります)

でもお陰様で今回は…、69のつづら折りの上から25番目までをカウントすることができました。
それは某月某日お昼前の…、とっても「旅ブログらしい」、ほんのちょっとしたアクシデントでございました。

続きます。