Doctor Blog

コラム

ラインの思い出 その二

特に昨今、「みんなでみんなで一緒に考えましょう」、「集合してディスカッションしよう」なんて、そんな手合の会合があまりにも多くて、“手前ぇ一人で考える”という奇特な若者の気配、全く感じないのであります。
まあ“しょうがないといえばしょうがない”、そう素直に思うこと、このご時世ではございます…。

大体、人間というものは、“フェイス・トゥ・フェイス”であればともかく、言葉だけで人に指示すること、もしくは指示されること、甚だ不得手なようであります。
例えば、「ここは右、そこからは少し左行ってからやや右」、ほら、これだけではピンとこないでしょう? 「向かって右前方、左注意しながら回れ右して左後方」、ほらほらやっぱり…、しまいには、相手の利き腕も知らずに、「それはお箸を持つ方だよ」とか、あ~もう、ついイライラしてもーてしまいますよね。
特に外科医という生き物、 “あれやってこれしてそうやって”というような単純単語sの積み木だけで長編大作を第Ⅲ章から話し始めるという無節操厄介な輩でありますので、さらに迷惑にこんがらがってしまうのです。

さてところで、若手外科医が今現在学ぶべきもの、それは“外科学”という、それこそ切った張ったの人間臭さをさらに胡散臭くした、ホンマもんの外科医になるための「人間学」なのであります。
でも、その人間学を判断するのもまた人間…、従いまして、一つ一つの出来事の是非を、客観的かつ正確に判定する基準はそもそも無数に存在しますし、また、たどり着く目標はたった一つであったとしてもいくつかの道筋が存在し、時には押され時には引き戻されながら、真実への道筋を整然と並べて必死に進むべきものでもあるのです。ですから、是と非が混沌とするような、いわゆる“こんがらがる”時間というもの、真っ当な手術修行道を歩く時間よりむしろ長いのかもしれません。
また、そこに加えまして、外科医の説明には、腕と経験という個々人それぞれに堆積した記憶と、論文からのエビデンスという他人たちの記憶を、これまた見事なまでの丁寧さでシェイク&ブレンドするものですから、その意図する意味を理解することが二重の輪をかけてできなくなってしまうのです。
これもまたある意味しょうがないことでありますが、要は、まっとうであればある程、宿命的な口下手、そして筆下手な外科医が多くなるのであります。
(もちろん、自分の意思を自筆の手紙で説明するのであれば、字は人を移すものと言われておりますから、これほど無意味に考えることでもないでしょう。でも外科医が自筆とする場合には、“これは英語ですか?”と怪しまれること、当たり前に覚悟しなければなりません。)

さて、冗談はこれくらいにして、
若手外科医たるものの、このような散々な言われよう、これもまた若手の宿命であります。がしかし、それでもじっと我慢しておりますと、その内にそのうちにと、メール内容の質は良くなっていくものでもあるのです。
そもそも夜間の状況説明というものは、夜の動物園と同じです。相手を多少納得させれば良いのであって、決して降参させねばならないものではありません(?…)。それこそ上司の記憶を覗くように、心をくすぐるような工夫をほんのちょっとするだけでいいのであって、詳細なプロセスを述べるのではなく、少しだけ大人仕様の言葉を用いればそれでよいのです(??…)。

また少し脱線します。 最近のことですが、“あの病院ではこの手術、上手くやれたのに”とか、“この執刀医だと上手くいきません”とか、そういう話しをよく聞きます。外科医たるもの、患者を目の前にしたら、すべての人間に上手く合わせる技を併せ持たねばなりません。もちろんどうしても合わない前世の因縁というものはあるのでしょうが、合わなくても合わせる素振りを見せれば、その内に自信を持って合い始めるものです。
メール報告もそれと同じ、
一年も経てば、“同釜飯”のせいか、もしくは上司の弱みを握るせいか、人を上手にあしらう“術”を獲得できるようになります。もちろん、若手の大事なお仕事は、あくまでも子どもたちの早期回復です。あしらう術が様になってきた暁”には、その“最も大事な術”も知らずしらずに獲得しているようです。まあ其のあたりは、“根っからの人たらし”という外科医の真骨頂なのかもしれません。

でもまあできれば、真夜中でも、良い雰囲気で会話が盛り上がる内容を書いて欲しいですし(メールですから、当然、女子高生なみの早打ちが必須です…)、
また、外科医がどのような生き物なのか分からない方々にも、納得してもらえるような文章であって欲しいですし(これがなかなか難しい…)、
さらにまた、どんなに小さな出来事からも“話しの種”を拾い上げ、論点をいつのまにか日本の政治の問題点へと持っていくような、並外れた文才が育つことも欲しい(ぜってえ無理か)…、取り敢えずの心からの願いであります。

しかししかしながら、そのようなメールのやり取り、その内にそのうちにと、段々に「飽きてくる」のが人情というものであります。

続きます。

※ ある夜間の、ある技士とのやり取りです。上司としても日々研鑽を積んでおります。