Doctor Blog

コラム

錠前 その一


今野草二教授の筆による榊原仟教授の肖像画であります(写真ではありません)。
先日、榊原記念病院の図書室に帰還いたしまして、今野先生の業績棚の上に掛けさせて頂きました。榊原先生も二科展の常連でございましたが、それ以上の天才的なタッチ、いやはや流石でございます。当時の心臓外科医の多才さには改めて驚くばかりです(弟子どもには本気で絵の勉強もさせねばなりません…でも今さら無理か…小生はもっと無理か…)。

さて、駄々な長文ブログ、今後も果てしなく続いていく昨今ではございますが、お付き合いのほど何卒一つよろしくお願いいたします。
そこでまたまた、外科医のお話しではございます。
視聴のシンクロから具体的な触のシンクロが生まれる、そして…、それらのシンクロが長引けば長引くほど、皆で考える時間は長引き、同時に皆で過ごす時間軸も長引いていくのです。何度も申しておりますが、これが“同釜飯”という職人的知識集団の誕生秘話でありまして、執刀医が望むただ一つの目標へと突き進むための最大の武器となるのです。

しかしながら、ここで一つ大事なこと…、
そのような手術的に良好とも言える環境だったとしても…、若手が、上司の学問的決定事項に物足りなさを感じること、人間関係の不条理さに悩まされること、病院からの下知に不満を覚えること(ウッせーわと思うこと)、これはこれで(多少の口論と涙を含めまして…)、人間的感情のナチュラルな発露、むしろ若手の向上心と考えるべきで、彼らの成長を喜ぶべきと思うのです。

そしてさらにもっと大事なこと…、
そんな時、そんな若手には、“個に孤独”になれる環境を提供しなければなりません。そういう時にこそ「ウッせーわ一人沈思黙考」できる場所があれば、“上司や一般的常識に負けない新たな知識”を獲得することができますし、また、外科学の現実と理想をそこで熟考することができるのです。従いまして、病院内には、若手が逃げ隠れできる秘密の基地スペースがあることが望ましい、できれば手術現場の近くにあればもっと好ましい、そこにインターネットと心臓外科関連本があればもちろん言うことない。上司たるもの、この若手の思春期の反抗期ともいえる変容だけは決して見逃してはなりません。

しかし、スペースをギリで確保している病院の構造上、また、毎度まいど皆で集まって会議しようとする病院の習慣上、“個に孤独に”静寂かつ感涙と悔涙をもって知識を蓄える場所(熟読三思、思索生知、優游涵泳し、愚者一得、見微知著に至る)を探すことは中々難しい…。
大変僭越ではありますが、小生のぺーぺー時代のその場所は「図書室」なのでありました。あの新宿の(正確には代々木)旧榊原記念病院にも、今野記念図書室という名の小さいながらも泰然とした空間が存在していたのです。夕刻以降に図書室を徘徊することは、紅涙極まることもあれば、個に孤独を保ちつつ一種社交場という名の雰囲気をも醸し出し、同釜飯が後釜に座るという因果関係を感じつつも、それはそれで沢山の良き思い出が残りまくっております。結果、真夜中に偶然にも目にしたある文献から貰ったアイデア、そこから始まった手術室でのドタバタ新喜劇が“低侵襲手術書”の骨子と相成った次第です。

さてさて話は変わりますが、病院の図書室の役割とは如何なものなのでしょう?
今現在の今野記念図書室、「外科医の浪花節 その四」で少しだけご紹介しましたが、あのぺーぺー時代から既に38年、手術動画や歴史的人工心肺機器などを含めまして蔵書もかなりの量となりました。それらの究極の利用価値を知っているから申す訳ではありませんが、循環器専門病院の図書室としては中々なものと自負しております。
それでもしかし…、中を徘徊する者の姿、少ない事は歪めません。
「ネットで充分だから本なんて意味ないじゃん、誰も利用しないじゃん、他の目的のスペースとして活用した方がよっぽどいいじゃんetc.」などと、文字との戯れに縁の無き方々の声が突然にも四方八方から飛び込んで参ります。そんな声を聴きますと、“今では国会図書館もそう言われているのか”と、ついついよけいな心配をしてしまいますし、加えて失礼ながら、“アナタそうおっしゃる割には知識が足りないね”などと、これまたお節介なご心配を度々やらかしてしまう今日この頃でもあるのです。でもまあ確かに、医学書というもの、購入だけでなくその管理に関しても相当な金食い虫、そのようなご意見が出るのもマッタき当然というものです。

しかしながらしかし、図書室というもの、単に昼寝をするとか、書類書きだけに来るとか、メールを打つだけとか、単なる通りすがりだとか、単なる行き倒れだとか、たとえそのような人が多く集まるだけの空間であったとしても、図書室の有する、“新たな医療人を愛育する力量と有難み”だけは、決して傷つけられはしないのです。

続きます。


※代々木の榊原記念病院。この2階に旧今野記念図書室はありました。