500例の小児心臓手術 その7〜時間を考える教育〜
しつこいようですが、昨年、“榊原記念病院 低侵襲手術書”という本を出版させて頂きました。あまりにも高価であることから、書店の在庫が“インカの野積み状態”との報を頂いていますが、マニアには少し人気があるようで、前述しましたように今度英文化されます。その中の第三章が “Time Saving” の解説です。1980年代後半からの手術時間短縮の工夫について書かせて頂きました(この部分は、心臓手術の低侵襲化について多少本音で語っており、手術マニアには特に好評です)。
心臓の病気は重症になればなるほど、また緊急的治療が必要になればなるほど、治療にかかる時間を短くすることは、外科医であれば誰でも欲しがる低侵襲化のための大事な手段です。なぜなら、そうしないと救命できないことを外科医は身にしみて知っているからです。小児心臓外科における低侵襲化とは、イコール(=)時間短縮であることは間違いありません。
拙著では、時間短縮は “医療従事者の低侵襲化となる” とも断言しました。でも、それは当然ですよね。同じボリュームのプロダクツをあげるのに時間が短ければそれだけプライベートタイムが取れる訳ですから。Time Savingは人材不足の医療業界においても極めて重要な課題なのです。
話を戻しましょう。一手術室で年間500例が不可能である現在の環境において、医療の存続のために必要なこと、もしくは伝えるべきことは何か?
それは、“300例の手術であっても500例やる方策をもって手術に臨むこと”です。そうすると単純に時間の余裕ができ、居心地の良い環境ができるのではないでしょうか。昔の良き時代にあったその方策たちは(特に時間短縮のための手段)、これからの医療に最も大事なことであると考えています(もちろん、小生、これらの手段を文章ではなく、口伝でしか伝えてこなかったことが問題の発端であると反省しています…)。
じゃあどうする? そこからは500例を知っているロートルの出番です。少なくとも頭の中で考えるだけでは解決しません。だから500を身体で覚えた、もしくは500が身に沁みつきまくったロートルに当時の経験を聞けばいいのです。自分にできなければ、また分からなければ、経験のある当時の職人にちょっとだけ聞けばいいのです。それが緊急での対応を余儀なくされる循環器医療のホンマモンのプラクティカルです。プラクティカル・ロートル委員会を設置して、言いたいこと言わせればいいのです。
ただ、会議の結果は、具体的な言葉で示すことは、なかなかできないでしょう。でも昔と何が違うのか、どう工夫すれば500例に近づけるのか、少なくともそういう議論はできると思います。新たな組織を作るとか、チームワークを良くするとかなど、手術の最も大事な本質を他のものに置き換えるような、また参考書みたいな議論だけ遠慮してもらうだけです。概念的なたわごととボヤキで十分です。でもできれば、“500例が可能であった頃の手段”、“できなくなった本質の探索”、“今からできることの模索”だけは、若手に分かりやすいようにはっきりさせたいものです。ちょっとだけシンパシーを感じさせれば良い。“大海はよく判りません…、でも天の高さだけは知っている”、それ位でちょうどいいかもしれません。
しかしながら、注意点が一つ。その委員会には外科医を入れてはダメです(いい加減で空飽きやすいですから)。看護師や検査技師、技士だけで行うべきです。でも、今後病院を背負う感性のある若手はどうぞ参加してください。というのは、これらのロートルスタッフが当時実際に感じていたことを、同じスピード感で感じてもらうことがまず必要だからです。また、こういう会議には各部署のトップも参加したいとしゃしゃり出ることが多いのですが、“こういう決まり事だから”とか、“ハードルが高すぎる” なんて~ことをのたまい始めます。上司と言われる人、特に経験が無い人は参加すべきではありません。上司は邪魔しないように、お金だけ出すべきです(こういう会議にはお酒の力が極めて有効で、幾ばくかの資金が必須です)。
次回はシリーズ最終稿です。