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コラム

63歳還暦オーバー医師 学位取得に挑戦する➄~ Ross手術と主論文~

Ross手術は、1962年に英国のDonald Ross先生が初めて提案した術式です。大動脈弁の狭窄症や閉鎖不全症に行う手術で、大動脈の基部を、弁を含めて全部切除し、そこに自分の肺動脈弁を移植するという、なんとも複雑な手技を必要とします。

Ross手術は自己の肺動脈弁で大動脈弁置換を行うことから、小児では決定的な利点があります。それは、移植する肺動脈弁は自己の組織ですから、①身体の成長に伴って成長すること②血栓予防のためのWarfarinという抗凝固剤が不要ということ、です。しかし一方で、自己の肺動脈弁をくり抜いた後の右室から肺動脈にかけては別の材料を用いて再建しなければならない欠点があり、この部分は成長しませんので再手術は恐らく必須となります。…。……。………。

 

説明途中で大変申し訳ありませんが、これ以上の説明はただただ睡魔をお誘いするのではないかと推察申し上げます。Ross手術の詳細は、Web上に多くのイラストや動画がありますので、ご参照頂ければと思います。
ただ、しつこいようですが一言、この時期に発症する大動脈弁疾患の赤ん坊に出来合いの人工弁を使用することは、当然、サイズ的にできません。また、弁の形態によっては形成術も不可能です。Ross手術のみが選択できる唯一の術式となります。でも、複雑すぎる手技に加えて、術前から極めて重篤な状態を呈します。最も成績が上がらないとされてきた手術であります。この時期にこの手術を、自信を持ってできるようになるということは、我々小児心臓外科医の夢ともいえる最終目標であります。

 

主論文の作成の話に戻ります。題名は ”新生児期・乳児期のRoss手術 -手術成績とAutograft機能” と致しました。今まで日本には、この時期のRoss手術について総合的にまとめた論文はありません。海外では既に幾つかの報告はあるのですが、学位取得のためにはこれこそが ”Neues” と考え(もちろん安易に選びましたが…)、さっそく主論文作成に取り掛かりました(外科医はいったんやり始めると仕事は一応早いのです)。
自慢ではありませんが、論文にとても良い手術成績を示すことができ、また、本邦における低体重児開心術の問題点を新たな視点から考察することができました。

 

さてさて、その作成過程は如何に…。気になりますか? 残念ですが、ご想像の通りです。連載第一回目の 「学位取得を思い立つ」で申し上げたように、この主論文作成過程においても判で押したような外科医の ”飽きやすさ” をいかんなく発揮させて頂きました。データ収集しかり、執筆しかり、査読の先生への対応しかりしかり…。これらの詳細について述べることは多分に誤解を招き、また多くのひんしゅくを買うことばかりですのでどうかご勘弁を頂きます。あれやこれや想像して頂ければと思います。ただ、多くの方々のご協力を頂きました(本当は迷惑だったかもしれませんが)。有難うございました。

 

それでも天に我が願いが通じたのか、令和元年6月8日、晴れて掲載受諾の報が寂しくメールにて届きました。杏林キャンパスでの外国語試験結果発表のような、もしくは一浪して大学に合格した時のような、爆発的なスキップ的喜びは何故かありませんでした。もちろん ”勝つ” カレーもありません。合否の発表にはやはり掲示板が必要であり、そしてできれば胴上げもです。

 

さて、次回は、「還暦外科医、学位論文のThesis作成にかかるの巻」 です。

榊原記念病院 小児心臓血管外科 小森先生です。