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コラム

文化 その三 基本

既に定年後の今は、「明日はこう生きよう、こう手術すべき」などと、歩くべき厳密な道筋を前日に課することは無くなりました。
そうですね、これを少し難しく言えば、「勝手がわかる年の功」というものでもありましょうか…、いやそれは単に、無駄な納得だけしないように努力するということ、大変に新たな感覚でもあるのです。もちろん一応、少しは考えますよ。ただ、手術前夜に必死で考えることが無くなっただけであります。
そんなかんだで床につき、そして翌日になれば、「今日は今日で、最も良いものを探そう」、目覚めとともに不思議とそう思えてしまいます。読者の皆さまは、「なんて幸せな人間だろう、相変わらず意味不明な外科医だ」、そう思われるかもしれませんが、そうです、そんな自分は何と言われようと幸せなのです。
特に、若手がたくさんいる実現場でそう考え始めますと、妙案が色々と同時進行で浮かんできます。妄想もまた無節操に湧いてまいります。何やら、忍びを生業とする密偵のような気分でございますが、どうやらそういうところに上司の役割たるものがあるのではなかろうかと、最近では足音を立てず秘かに思っているのです。如何なもんでしょう(実を言いますと小生の先祖は忍者です)。

外科医は、手術に負ければ、周囲の人の心までも迷惑に巻き込んでしまいます。ですから勝たねばなりません。周囲への緩和を慮るほどに、まずは病気に勝つという「術」が不可欠であります。
単純に考えれば、手術そのものが問題の発端である限り、上手く早く手術を終えることは当然のことでして、
手術を受ける赤ん坊に対しては、ダメージが少なく回復の早い手術を行うこと、これは間違いなく赤ん坊に対しての緩和となります。
一方、親御さんに対しては、手術で受ける心労時間をなるべく短くする、つまり、速やかな流れを提供して、身体も心もより楽にさせること、これも緩和であります。
そうしますと僭越ですが、結果として、我々医療者も緩和となるのです。
この緩和の流れの美こそが、小児心臓手術における基本的かつ総合的な緩和と考えます。
もちろん手術には、恐れる気持ち、もしくは遠慮がちに接する気持ち、それらもある意味大切なことです。でも現実的にはそれ以上に、まずは自分の手術を強くするという覚悟を持たねばなりません。手術室では、そういった意味での緩和環境を捨ててはならないのです。それは外科医の根っこであります。

さてそんな風に、まずは術を構築することで外科医の基本たる緩和を育てる、そして維持させる、そのような上から目線のお役目を日がなこなしているのでありますが、
そうですね…、
若手には取り敢えずのところ、「無駄が無い、つまり退屈と心労が無い環境というものは何なのか」、ぼんやりとでもいいから解って貰いたいと心から願っております。

それでは次回、外科医的な緩和について、上司という観点から眺めてみましょう。
続きます。

「あいづ、まだ小路で飲んじゅらすいぞ…。どでまぢの姐さんはさぞ迷惑すてらがもすれねな」