Doctor Blog

コラム

おはなし その一

読者の皆さま、おはようございます。
こう見えても小生、一応は医学という名の世界に永年おりますせいか、色んな方々の『おはなし(講演)』を、必然として科学的に、そして図らずも非科学的に分析してしまいます。
特に同業者のお話では粛々と、あたかも神を仰ぐがごとき自分がおりますし、同時にまた厳然と、母親の眼と耳をもって諌めようとする自分もそこにいるのです。
一方、他職の方々のお話になりますと、新しい発見は常にあるのでございますが、何故か大人しくも喧嘩を売る自分がおりまして、参加費とお話の内容の費用対効果を比べつつ、その背景にある遅咲きの匂いをもまた嗅ぎ取ってしまうのでございます…。
もちろん小生の講演をお聴きになった皆さまには、同様のご感想をお持ちのことと存じます…。

でもいずれの講演におきましても、一聴衆としての小生の耳は、ダンボ状態になることも多うございまして、結局のところ、それは魅せられているということなのでしょうね、いや、むしろ多少の嫉妬心というのか…。
それにしても、今の今まで他人のお話を聴くという行為そのものを拒否してきた小生が、“そんな訳わからんこと”を考え始めるとは…、何となんとまあ、不思議なことであります。

ところで、如何なるお話であれば、視聴者の皆さまは耳ダンボとなるのでありましょう。
そうですね、ここはやはり、お得意の計画的妄想で整えてみます。
“NiziU”の皆さんと“E-Girls”の皆さんを思い起こしてみてください。
今もし、NiziUのトークショウがあれば、小生は間違いなく耳ダンボ…、声援を送る隣のお客さんに対して、「お前ウルサイよ」と怒鳴る自分を軽く想像することができます。
一方、E-Girlsのトークショウはどうでしょう? 
うーむ、何時のことでしたか、ああそうでした、あれは令和2年のことでしたね、NiziUへと想いが傾き始めたのは…。でももちろんそこには解散というお話があってのこと、決してE-Girlsを捨てた訳では無いのです。
でもそうですね、今もしもE-Girlsのトークショウがあれば、小生は間違いなくNiziU以上の超耳ダンボ、そこら辺を意味なく飛び回っているかもしれません。
そんな一貫性の無い小生でございますが、でもでも…、
デビューから約10年、E-Girlsのお話にて、それぞれの視聴者には多くの楽しい思い出や心の傷つきが蘇り…、そしてそれぞれの心は癒されていく…、このこと必ずやあると思います。
そして視聴者が癒されることで、恐らくはE-Girlsの皆さんもまた大きな“癒し”を得ることができる…、そうですね、何だかそんな気がしてしまうのであります。

いやはや今世紀最大級の妄想ではございます。
何故に、演者は視聴者の耳をダンボにできるのか、そして何故に、視聴者の耳は演者の話でダンボになるのか…、そのお答えは、この妄想の中にあるのです。
つまり、自分の物語を語ることで自分が癒され、その同調が皆の癒しとなる…、一方、自分の物語で皆が癒される、そうすれば、語った自分はもっと癒やされる…、
もしかしたら、講演には、癒されたいと心から願うそれぞれの“自分”がいる…、ですから、そういった緩和ともいえる心の交換ができるのでありましょう。耳ダンボはその証です。

はてさて、人前でお話するってとても難しい…。今回は、そんな『おはなし』というお話であります。

続きます。

主題 「天をつかむ」 副題「つかみはOK」