手術室 その十 姿形
「何故外科医に…?」
この質問に対し、“ヤツ”はこう言ってのけたのです。
『内科医に言わせると、外科医は人種が違うそうな。でもこれって、「何だかなあ」って思うよな。
外科医というものは、内科医とは異なる運命を持つから外科医になるのだろうか、それとも、外科医になったから、内科医とは違う運命が生まれるのだろうか。この両者には、有史以前にでも、何か揉め事があったのかもな…、まあ、どうでもいいことだが。
さてもさても、何で外科医に…?
うーん、思い出せないなあ。外科医になった時の生活やその時代やらも含めて、全てが抜け落ちてしまっている…。
もちろん、他の科を選ばなかった理由ならナンボでもあるけど、でもそれ言うと波風が立ちそうだし…、
でも今更、口からでまかせ、根も葉もない理由付けをしてもしょうがない…。まあ少なくとも、前向きでカッコいい理由は確かに無いな。
しかし、最終的には外科に決めたのだから、その時点では確かな理由があったのだろうよ。でもそれでも、気持ちはしっかりと揺らいでいた気もするし…、
成り行きで、断りきれずに引っ張り込まれて、なし崩し的に逃げ道を塞がれ、気がついたらここにいた…、もちろん、そんな訳でもなかったと思うんだ。
まあそうだな、強いて言えば、何かしらのご縁があったのだろうよ。
でも、「外科医になって良かった」って思うことは、やり切れないほどにちょくちょくあったな。
ああそうか、そういう意味では、多少は運命的に逃げ道を塞がれたと言えるのか、いや、単に逃げ道が無かっただけか…。
それにしても、『姿形』ってものは、不思議なもんだ。知らず識らず、いつの間にか出来上がっていくもの…、決して、自ら選び取るものではないんだ。
しかし、まあ相も変わらず、“この質問‘’は永遠だな…。ところで、お前さんはどうだったのよ?』
♨
「昔はいろんなことがあったなあ」と、マッコリを傾ける“ヤツ”…、確かにこのお題は永久不滅に永劫なのであります。
小生が外科医になった理由…、確かにその当時は、はっきりとしていたかも…、でも恥ずかしくてとても言えなかった…、だから覚えていないのかもしれません。
そうですね、全部が嘘じゃないけれども、例え口に出せたとしてもすべてが空言っぽく聞こえるのではないか…、今はそんな気もするのです。
“ヤツ”というもの、外科に入って、手術人になって、何だか突き抜けたものを持ったようであります。外科医に必要なものは、外科医らしい体格でも、外科医らしい性格でもなく、「手術に合うかどうか…」、ただそう考えているのではないでしょうか。
今思えば小生、
そんな質問をしたこと自体、外科医の風上から少しだけ外れていたのかもしれません。
外科医に妙な理由付けは要らないのであります。内科医にならないように誰かにお札を貼られただけ…、疑問を持たずにそう思っていればいいのです。
続きます。