手術室 その六 楽
「低侵襲って…?」
この質問に対し、‘’ヤツ‘’はこう言ってのけたのです。
『そう言えばお前、「低侵襲手術書」なんて本出していたよな。まあ確かに、言っていることは判る気もする…。しかし何だな、あまりにも高額、大きなお世話だが、この働き方改革の世の中、あまり売れてないんじゃないのか?
低侵襲か、そうだな…、
とことん完全な修復を目指すこと≒低侵襲…、経験上、まずはそう言っていいか。
でもかと言って、あまりにもこだわり過ぎると、患者が不利益を被ることもあるし、逆に、あせって早くやることにも問題があるし、シンプル・イズ・ベストだと質が落ちることもあるしな…。
確かに、‘’迅速かつ正確、そして完全に‘’、これに勝るものは無いのだけれど、
まずは執刀医自身が、値引きもせず、四捨五入もせず、もちろん真摯に、最も『楽で最善』というやり方を模索する、そしてチーム皆が、そんな執刀医を『楽』と感じるやり方で鼓舞していく…、結果、患者も仲間たちも低侵襲になれると思うんだが、どうだろう?
これってあまり大きな声では言えないけどな…。
でもやはり、お前が言うように「時間短縮」は大事だよな。
確かに今は、皆に合わせてゆっくりと、それでもかまわない時代ではあるが、でもな…、皆が皆、そう考えてしまうと、チームの成長はその時点で終わりのような気がするんだ。少なくとも、執刀医が‘’結果だけ‘’に満足してるんじゃ、廻りの人間は働く‘’愉しみ‘’を見いだせなくなるんじゃないか。
大切なのは「過程の是非」だな、つまり経過をどう愉しんで結果を出したかってこと…。
もちろん、これもここだけの話しだけどな。
昔も今も変わらずに大切なこと、それは、皆でやる手術を皆でもって、「如何に強くするか」ってことじゃないだろうか。
具体的には言えないが、質を上げるための工夫に早めに気づき、速さが生み出すホンマモンの機能美を早めに感じ、皆それぞれがそれぞれの「思想」を早めに持つ…、これにつきると思うよ。逆にそれが無ければ、じっくりやっても、早くやっても、シンプルでも、欠点を生むだけになると思うんだ。
そうだな、執刀医が、最も楽に手術を進める‘’過程‘’を知らないから、問題が発生するのかもしれないよ。
執刀医が「とことんこだわる」ってのは、手技を短時間にするための「術の習得」にこだわるってことであって、それは、手術室以外の場所で、一人で考えればいいこと、
苦しい手術だからこそ、皆で「愉しくやる」、結果、‘’みんな‘’が低侵襲になる、それで低侵襲手術といえるのさ。』
♨
この時間帯になりますと、向こう脛って、‘’何処の向こうなんだろう‘’って、そんな幻想が湧いてきます。
そろそろお開きにしたい時分ではありますが、まんざらでもない表情に豹変して1.5時間ほど経過した‘’ヤツ‘’は、特上タン塩を再オーダーしながら、舌鋒さらに鋭く…なっていくのです。
彼のお年頃になりますと、お神酒がとても旨くなる‘’お噺‘’をいくつも持っているようで、しょうがないと言えばしょうがないのです。
続きます。