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コラム

手術室 その四 魔除け

「ロートルの意義…?」
この質問に対し、‘’ヤツ‘’はこう言ってのけたのです。

『最近は、富に早く時間が流れる…、
でも、手術室にいる間は何故か長く感じるんだ。現在進行形でそう思えること、まあ幸せなこっちゃと思うよ。
でも、ほら、ここの手術室ってユニフォームが結構ハデだろう? だから手術室では何だか俺だけ、薹が立ちすぎたオジサンの就活ルックみたいに見えるんじゃないかって、気になっているんだ…。
えっ、そうでもないってか?
そういえば以前に、「最も手術着が似合う日本の外科医100選」に選ばれたことがあったよな。48位だったけどな。でもあれだな、やっぱ年は取りたくないもんだ。

年寄りが若手と‘’共感‘’できること、これもまた幸せなことだと思うよ。
もちろん、手術指導ってことが俺の仕事なんだが、
若手といると、何だか「昔の自分に会っている」感じでさ。自分がした反省をさせないよう、飛んできた未来人みたいに振る舞うんだ。「お前はここでこういうことを仕出かすから注意しろ」ってね。
まあ何事にも、因果関係というか「縁」は何処かに落ちているはずだよな、だから、若手は爺さまに遠慮する必要は全くないし、年が離れていても直ぐに友達になれるのさ。
そうだな、それが今の最も大事なお役目かもな。

そんで、そんなロートルが執刀する手術で思うことはだな…、
チームの中の‘’たった一人のためにやっている‘’、そう見せかける手術があってもいいんじゃないかと思うのだが、どうだい?
特に、手術ってのは同じことの繰り返しだろう。同じ連中としょっちゅう顔を突き合わせてなければならない。そんな中で、若手に知ってもらいたいことは、「今までがつまんないからといって、これからもそうだとは限らない」ということ…、そんなことを普通に思えるように、手術中、一人だけに訴えかけるんだよ。
そして、なにやら最近は、「自分はこの場所に必要とされてない」ってふさぎ込む若手が多いらしいな。でもそうじゃなくて、逆に自分にはここが必要なんだって気持ちにさせることが大切…、これまた一人だけに訴えるんだ。
お節介なことだが、若手の心持ちを少しだけ変えることも、お役目だと思う。マイナスな気分に傾いた一人を、±ゼロ地点まで戻してあげるのさ。
そうだな、本来のチーム医療ってそんなもんじゃないかね。

あーそうそう、思い出した、思い出した。テレビで「手術を愉しむ」って言って、超ド顰蹙買ったのはお前さんだったよな。けっこう笑ったなあ…、でも、それでいいんだよ。
「勉強になりました、明日もまた頑張ります」、そんなことを後々思うようじゃまだまだ…、
その時に好奇心に駆られて、その時に本気で感じることが大切なんだ。だから何度も言うべきだな、「愉しめ」って、「時間を見つけて手術室に来いよ」ってな。
もちろん、手術を観るだけでは手術の修行にはならないよ。でもそれよりも何よりも、手術室ってのはな…、
病院内で唯一、手術人が沢山集まる場所、
だから、手術人をしつこく観ることができるし、「他人という生き物」を知ることができるのさ。
それは、手術を学ぶ前の第一歩…、手術人として手術人の喋り方を覚える処…、だからこそ愉しくなきゃ駄目だと思うんだ。

そんでもって、内緒の話しだけどな。
若手に、前もって‘’手術のコツを教えるべきか‘’、いつも悩むよな。
決して、教えたくない訳でもないし、ずっと秘密にしておくつもりもないんだが、ただ、あまりにも早めに舞台裏を観せても興醒めだろうし、かえって水を差すこともあるしな。
だから、今少しの間、胸に収めておくつもりなんだが、でも本音を言えば、まだ俺一人で愉しみたいって気持ちもあるんだよ。多少セコいとは思うけど、俺だってもう少しステージのセンターでいたいからな。
…お前ら、これ絶対に言うなよ。

最近の若手は優秀…、しかし、今はまだ、手術に向いているかどうかは分からない、どんな外科医になるかも分からない…。
でも、これは俺の妄想だけどな、そんな若手が将来、「手術人で良かったって心から思う」、もしもそんな時が来れば、「若い頃には六つも七つも病院泊まって、皆で踏ん張ったことが俺の勲章なんだ」って、偉そうに自慢しているのかもしれないよ。

まあどうにもこうにもよく分からんが、ロートルが手術する意味…、そうだな…、
単なる『魔除けの爺さま』として手術室にいるだけ、それだけでも意味があるんじゃないか?
チームは老いも若きもいるから上手くいく…、これが物分りの悪い、堪え性のない爺さま婆さまばかりじゃどうしようもないな、多分…。』

よくぞまあ、ここまで妄想を広げられるものだと…、呆れるというより、むしろ感心してしまいます。
がしかし、‘’ヤツ‘’の妄想は、斜に見ても、しっかりと試行錯誤されたもの、かなりのステップを踏んだ完璧なもの、手術が好き過ぎる故の公正なもの…、そう思えてしまうのは小生だけなのでありましょうか。外科医って、良くも悪くも、自分に嘘ついたり騙されたりすることで人生を乗り切る、そんな多様な生物なのかもしれません。
でも、これこそが、この某焼肉屋の特上タン塩、そして‘’ヤツ‘’の妖術の為せる技…、昭和を過ごした心臓外科医って、面倒くさくも皆こうなのであります。
本人は、ただ単に、今までの恩を返そうと思っているだけなのでしょうが…。

続きます。