オノマトペ その一
読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。🌅
今年もまたまた妄想アワー、華やかに進めさせていただきます。
どうぞ懲りずに何卒よろしくお願い申し上げます。高橋🎍
「ちゅんちゅんいこうか」、ある手術での、ある中堅外科医による、ある突発的な発言であります。
その瞬間の小生の手、一瞬パタリと止まりかけました…。
手術中にビビッと受容する感覚記憶は極めて膨大な量になります。従いまして、通常その殆どは直ぐにスルリと受け流してしまうのですが、それでもこの一言の聴覚記憶だけは、一種独特な変調とリハーサルをクルクルと繰り返しまして、また、手術後のICUにおきましても短期記憶をチャチャッと素通りかつ無視しながら、なんとなんとあの幼き頃の長期記憶たちをザクザクと見事なまでに掘り起こしてしまったのです。
まず初めにピョンと弾けたその記憶、それは「ちゅんちゅん」ではなく、“チュンチュン”というあの懐かしきメロディで始まるのでございました。
『電気炬燵の上で踊る電線音頭、“オットットっと”のままひっくり返ってそのまま救急病院で後頭部の消毒をしてもらった、あの冬の日の稚気溢れる無邪気な思い出』、
そして続きましてはヒョッコリと、
『何かしらのお仕置きで実家の二番蔵に閉じ込められた某幼稚園児、そのあまりにも恐ろしき境地についつい大きな方が我慢制御不可能となり……、「何故知らせないんだ」と更なる収監時間の延長を食らった、あの恥ずかしくもせつなき思い出』、
続けてランランと取り出したりますは、
『老舗呉服店“屋根裏特別探検隊”の結成後、タオルマスクと工事現場のヘルメットでの探索中に、仏間の天井板を右膝上まで踏み抜いてしまった、何と罰当たりで天真爛漫イノセンスな思い出、etc.etc…』
(ごめんなさい、これ以上の記憶の無制限放流はご勘弁下さい)
それにしても「ちゅんちゅん」実に恐るべし、一体どこまで小生の恥部を暴こうとするのでしょうか。それよりも何よりも、これほどまでに無垢な長期の記憶たち、小生の脳の何処に保存されていたのでしょう?あの“ヒィパァカァンパァス”の中だけで無いことは確かなようです(おそらく右脳の何処かしらかと連携していたのでしょう)。
さて読者の皆さん、「オノマトペ」という言葉、ご存知でしょうか?
その一つは擬音語のこと、“ドキドキ、ゴロゴロ”とか、もう一つは擬態語、“ツンツン、デレデレ”などがあります。
こうした“音(オン)”を用いることで、聴覚もしくは視覚的なイメージがススっと喚起され、すぐにパリッとした印象を惹起できるとされています。つまり、オノマトペとは、自然の音や声、物事の動きや状態を音で象徴的に表した言葉、つまり言葉が持つ単なる意味だけではなく、その周りに潜んでいる感性的な情報を直感的に伝えることが可能となるのです。特に日本人にはとてもとても大事なコミュニケーションツールなのです。
しかしほんの少しだけ要注意!…、若者との会話が妙に弾むという危険的妄想もチョクチョクあると聞いております。ですから我々の世代、無節操な爺爺的オノマトペの多用だけはくれぐれもお気をつけ下さいませ。
さて「ちゅんちゅん」でございます。ネットで其の意味するところを検索しますと、まずは当の然、あの電線音頭の雀の声が出てまいります。そして次には、お湯がチュンチュンに沸くという非常に熱い様子、そして珍しいところでは、ズボンがチュンチュンしてるといった“丈が短いこと”を示す、などとありまして、あの「ちゅんちゅんいこうか」に当てはまる解説は無いのでございました。
さてさて、当の“ちゅんちゅん本人”のたまわく、「ちゅんちゅん」とは、執刀医の呼吸に合わせて反射的に反応するということ、即ち“ササッと手を動かしなさい”という意味合いであると釈明しておりました。まあ確かに、“スズメがチョンチョンと素早く跳ねる”イメージに重ねられない訳ではございませんが、さて如何なもんでしょう?、なんともはや…であります。
でもまあそれはそれで無理くり納得するとして、奴が有する特殊なオノマトペはこれだけではございません。あと10フレーズほど、本人にしか分からない超絶技巧のスパークリングワード、理解という概念からは大きく逸脱した“神代文字的オノマトペ”を秘蔵しておりまして、それこそ不意に発出してくるのであります。
その中からもう一つだけ最もわかり難いものをご紹介しておきましょう。それは「にゃー」です。心臓手術で用いる生理食塩水、けっこうその用途は多いのですが、それを掛ける時に「にゃー」と力を込めてひたすら念ずるのであります。この時も一瞬手術室の空気が氷点下となるのですが、でもさすがにこれだけは無意識下の発言らしく、本人も説明&説得が不可能とのことでした。ただ小生が思うに恐らく…、奴の前世である縄文狩猟民族の血脈、もしくは“まれびと神”への畏敬というものが、そういった自動書記ならぬ自動言動をさせるのではないかと確信してしまうのです。
直ちに感受できないオノマトペ、もちろんそれはオノマトペとは言えません。妙な外科医の単なる戯言、もしくは有る種のマジナいでしかないのです。
でもでもでも、例えそれが身内の中だけでわかり合えるオノマトペだったとしても、さらに宇宙通信的なものであったとしても、手術チームの“能動力を醸す特殊オノマトペ”として、何の衒いも無い心地よい時間の流れを作ることがもし可能なのであれば、それこそが榊原記念病院の名物オノマトペの誕生、あの「そだねー」に負けない新語・流行語大賞にもなるのでしょう。(“にゃー”の受賞は間違いなく無理でしょうが、取り敢えず手術室の休憩室には、もぐもぐタイムの苺とバナナを用意しておきます)
今回は、「ちゅんちゅん」から始まるオノマトペの物語です。
オノマトペ、取り扱いには十分な注意が必要ではございますが、決して子供っぽいだけのモノではなさそうです。
続きます。
※当時、仏間の床の間に掛けてあった、小生の生誕地、宮崎県日之影町の水墨画です。