手術雑感3 ~人の縁 その1~
今回は、少しだけ心を入れ替えました。心臓手術について、外科医らしく真面目な話からスタートすることにしましょう。
(でも、読者の皆さんは、 題名から既に、当然妄想話に突入するだろうと、想像されていることと思います…)
(ところで、外科医らしくとは、一体どのような外科医であれば “外科医らしい” と言えるのでしょう ? )
この2つの写真、昔と今の人工心肺装置です。 当然、ぱっと見、 右が最新鋭の装置です。左は1962年、メキシコでの第4回世界心臓学会に展示された、当時は最新鋭だった装置です。
人工心肺装置の血液の流れについて説明します。
初めに、患者さんの上下の大静脈から、心臓へ戻る血液を人工心肺装置へと誘導します (脱血といいます)。この血液に人工肺で酸素を与え、二酸化炭素を除去します。そして、その酸素加された血液を、ローラーポンプで大動脈から全身へ送ります (送血といいます)。
つまり、人工心肺装置とは、全身の循環(酸素の供給)を体外で人工的に作るものです(体外循環といいます)。 心臓はほぼ空になって中が覗ける状態となりますので、 その間に心臓を停止させて心臓内の修復を行います。
また、心臓の停止は、心筋保護液という特殊な薬剤を、心臓を養う冠動脈に注入することで得られます。
次の3枚の写真は人工肺です。 血液に酸素を加える、文字通りの人工の肺です。
左の写真は円盤回転型人工肺です (冒頭の左側の人口心肺装置に搭載されています)。この中にはステンレス製の円盤がセットされており、それらが回転します。 円盤の表面に脱血された患者さんの血液を垂らして、血液の薄い膜を作ります。そして、この血液膜に酸素ガスを吹きかけて酸素加を行っていました。当時はディスポというものは存在せず、中の円盤も毎回洗浄および消毒することで対処していたようです。
中央の写真は、その後に開発された気泡型人工肺です。 真ん中に筒があります。 この筒に脱血された血液を下から上へ流して、この中に直接、酸素ガスをブクブクと入れて酸素加を行います。 血液中に大量の気泡が発生しますので、それを取り除く除泡装置がついています(上部の黄色の部分)。この頃から、人工肺はディスポ製品となりました。
これら2つの人工肺は、酸素ガスと患者さんの血液が直接接触することで酸素を加えるという、今考えれば極めて原始的なものでした (もちろん当時は最新鋭です)。
さらに、血液は、酸素ガスだけでなく、チューブなどの人工心肺装置の各機器(人工物)と接触することになります。
このため、血液の損傷や空気の混入、全身の炎症反応発生などの問題が多く発生していたようです。
また、人工肺やチューブを含めた、血液が流れる部分の容量のことを「充塡量」といいます。
この中を血液が流れますので、充塡量が大きいということは、それだけ使用する血液量が多くなることを意味します。 水平円盤回転型人工肺の時代の充塡量は約3000㏄、一方、現在では最低100㏄程度です。
当時は大量の輸血を必要とする時代でした。
心臓手術では、人工的に全身の循環を作ります。 従って、昔も今もそうですが、患者さんの全身に大きな負担をかけながら心臓を修復する、これが心臓外科です(負担のことを生体侵襲といいます)。
ですから、昔の機器を用いた心臓手術での生体侵襲は今より大きく、手術時間が長くなればなるほど、多くの問題点や合併症が発生することになりました。
さらに、当時は、心臓を停止させる心筋保護液にも問題がありました。今では3時間ほど止めても問題はありませんが、 当時は短時間の心停止でも心臓の動きが戻らないということもよくあったようです。
ですから、当時の心臓外科医にとっての心臓手術とは、時間との闘いでもありました。
冒頭の画像右側の、最新装置について説明します。
中空糸(Hollow fiber)を束ねたものが中に入っています。 現在、全世界の人工肺の殆どはこのタイプのものを使用しています(このCOVID-19の時代、 ECMO エクモで有名になった人工肺です)。
中空糸とは、読んで字の如く、中が空の細い糸です(ストロー状)。中空糸の内側に酸素を流し、そして外側に血液を流します。 つまり、この中空糸を介して酸素加(ガス交換)を行います (これは、あたかも人間の肺、肺胞でのガス交換と同じです)。
酸素ガスと血液は直接接触しません。 従って、先ほど申した昔の人工肺の問題点は極力削減されることになります。 長時間のECMO治療も可能となりました。
さて、皆さん、昔と今の心臓手術における人工心肺装置には、 雲泥の差があることがお分かりになったと思います (昔とはいっても、つい60年ほど前のことです…)。心臓外科の発展は、これらの機器の進歩によるものと言っても過言ではありません。
医学の各分野には、新たな治療方法や機器の開発など、それぞれの発展の歴史があります。
しかし、心臓手術に使用する機器に関しては、よくぞこの短期間で、ここまで進歩してきたと感心せざるを得ません。
続きます。